■滋賀県長浜市宮前町、令和4(2022)年08月撮影
夜、長濱八幡宮(滋賀県長浜市)で斎行される「蛇の舞神事」の奉拝、撮影。これは長濱八幡宮内の方生池で龍が舞う、雨乞いの神事である。
この「蛇の舞」は長浜市永久寺の「蛇組」の人達によって奉納されるのだが、その「蛇(龍)の舞」には、その前段になるエピソード語られている、、、永久寺に住む或る男が嫁をもらった。やがて姑と諍いが絶えなくなり、ある日嫁が家を飛び出すと近くの川に身を投げてしまった。男は慌てて追いかけて嫁が身を投げた淵を見ると、龍となった嫁が昇天するところであった。驚いた男は自ら、龍の首を彫み近所の神社に奉納した。そして旱魃の折には神前にて龍の舞を舞うようになった、、、のだそうだ。
このエピソードには、嫁の自死と雨乞いの関係性が希薄で結び付け難い。この話、つまり嫁が身を投げた淵から龍が現れた、という話は、『近江の民話』(中島千恵子氏編;未来社)に昔話として収められている。つまり湖北の昔話が、永久寺の雨乞いの龍の舞に習合したのではないかと思うのだ。この嫁は元々は龍だったのが自死で龍の正体を現したのならその結婚は人と龍の異類婚だったわけで、それは民俗的には「蛇嫁入」と呼ばれるものである。そうではなく嫁は人だったのが、龍と化して昇天したのかそれは不明だ。
この「蛇(龍)の舞」は、玉龍・竹龍・火龍 の三幕から成っているが、最初の 玉龍 では 海女の持つ 玉 を龍が奪おうと舞う。この海女は弁財天、あるいは龍宮の龍女であろうし、玉は 如意宝珠であろう。龍は如意宝珠を持つことで、雨乞い日乞いなど水をコントロールする呪力を持つことが出来るのだ。
嫁が龍の正体を現したことで、現世に残った夫は龍の祭具を通して龍神の玉のパワーを具現化する能力を得、雨乞いの儀式で雨を呼ぶことが出来るようになった、ということだろう。この玉というものは、例えば琵琶湖北側の余呉湖では龍の目玉として登場して、万病を治す呪力の呪具として登場している。湖北には龍神を扱った奇譚や、雨乞いの儀式が点在している。同じように蛇(龍)の舞は、現在では行われていないが、米原町礒、米原町梅が原、蒲生町市子川原などでも有ったようだ。
他所では廃絶した「蛇の舞」が伝承されている 永久寺町の舞は貴重な存在である。なおこの「蛇の舞」は残る古い記録では延享4(1747)の年号が木箱に墨書きされているとのことで、始まりは更に遡ることであろう。その当時は永久寺町の八坂神社で行われており、長濱八幡宮では今回が73回目の奉納ということである。
舞がスペクタクルで見応えが有るというだけでなく、雨乞いの民俗的呪術性や近江の昔話との関連からも、大変に興味深い「蛇の舞」であった。