日本!(近江の祭・火祭)
No.41 なれずし

稲作の伝来と共に、やがて東南アジア山間部地方から日本に伝来した保存食に 寿司 がある。
今や スシ、Sushi は Karaoke や Manga や Otaku などと同様に日本語でありながら世界で通用する言葉になっている。
しかし元はといえば Sushi が現在のような握り寿司の形になったのは江戸時代中期と云われる。1,500年以上前、それこそ仏教の伝来よりも古く日本に伝わったSushi は、それ故に現在の寿司とは似ても似つかぬ姿と味であった。しかし、その古来のSushi の形を留めた寿司が現代に日本にも僅かながら伝わっている。僅かながらという表現は、日本全土でみれば、という意味である。しかしながら滋賀県という局地に眼を凝らしてみれば、その古来の寿司は郷土食としてポピュラーであることに驚く。
さて、その郷土食としての寿司は、刺身を酢飯に乗せて握った握り寿司ではない。いわゆる“なれすし(熟れ寿し)”と現代では呼ばれる、醗酵させた食品である。桶に塩漬けから上げて乾燥させた魚を飯と一緒に漬けて漬物のように重石を乗せて半年も醗酵させると、醗酵した“熟れ寿し”が出来上がる。
近江で何故、そのような醗酵食品の“熟れ寿し”が伝承されてきたか、疑問がおこる。それは琵琶湖を中心にした地形にもよる。湖の魚は海魚と違って、保存がきき難いので、捕れた魚は佃煮にしたり漬けて熟れ寿しにした。熟れ寿しとして醗酵する気候の条件は高温多湿だが、盆地地形の近江は、その条件に合う。食材は目前の琵琶湖、塩は日本海から京への途上で入手できるし、米処で水も良い。それらの条件は、古来からの熟れ寿しが日常的に食べられるに適した地の利であったのだ。
一般的に近江の熟れ寿しとして外来観光客などが入手できるのは、鮒を漬けた ふなずし が殆どである。近江で熟れ寿しは湖岸だけでなく、湖南・湖東地域などではけっ
こう内陸部でも漬けられていたのは、遡上する川魚を漬けていたからであろう。それでもパーセンテージから云うと、フナが77%であり、他はハス、オイカワ、ウグイ、サバ、アユ、モロコなどが数パーセントづつの構成である。
その熟れ寿しとしてポピュラーな ふなずし は、だいたい初夏から冬にかけて半年は漬けて醗酵させるから、米はドロドロになってチーズ状になるし、魚の骨も柔らかくなる。醗酵してドロドロになった米と一緒に食べると、一種の醗酵臭がするが甘味と酸味が混じった広がりある味わいが美味しい。そのままでオヤツに食べても良いが、お茶漬けにするという手もある。 フナのように半年あるいはそれ以上の期間に漬けるのを
本熟れ寿し、数週間など短期間漬けるのを生熟れ寿しという。
このように熟れ寿しの食文化のある地域であるから、神社における祭典での御神饌として、直会の肴として、あるいはそれ自体が儀礼の目的として熟れ寿しが登場することがある。神社の数、まつり の数から云えば少ない
が、かつてはもっと多かったであろうと思う。神道祭式次第が整理されたことで、姿を消した熟れ寿し御神饌も多かったであろう。
このコンテンツでは、それらを集めてみた。
どのお祭りにおいても、熟れすしを ありがたくも頂戴して美味しくいただきました。感謝申し上げます。

《参考書》『ふなずしの謎』 滋賀の食事文化研究会編; サンライズ出版

上写真; 一般的に食べることができる ふなずし。 ふなずしスライスと、ふなずし茶漬け。
長浜市西浅井町、国道8号線 道の駅 「塩津海道 あぢかまの里」の魚助さんにて。


■ ふなずし (下寺天満宮「神事」) 草津市下寺津田江
   http://www.photoland-aris.com/myanmar/okonai/31/
 御神饌として献じられた後、撤下された後で 鮒すし切り の儀式が座で行われる。そして直会として出される。無数の ふなずし が まつりの中心的アイテムとして登場する、鮒寿司祭である。


■ サバずし (赤見神社「オコナイ」) 長浜市高月町磯野
   http://www.photoland-aris.com/myanmar/okonai/27/
日本海から京への途上の近江は、日本海の幸であるサバも重要な食材である。田植えの時季に五月見舞いとして焼サバや焼サバ素麺が御馳走となったり、押し寿司のサバ寿しは、ポピュラーである。 しかし サバの熟れ寿しは珍しい。 磯野のオコナイでは、座の肴としてサバの熟れ寿しが登場する。


■ ウグイずし (坂本神社 春祭) 高島市マキノ町上開田
   http://www.photoland-aris.com/myanmar/oumi/39/
洪水で流された御神輿を引き上げたところ、中にウグイが入っていたからウグイを奉納する、という奇譚がある まつり である。
地元の川を琵琶湖から遡上してきたところを獲る。ウグイは短期漬けるだけの“生なれずし”で食べることが多いが、ここの まつり では九ヶ月漬ける“本なれずし”的である。


■ ドジョウ & ナマズ (鰌と鯰) (三輪神社「鰌取り神事」) 栗東市大橋
   http://www.photoland-aris.com/myanmar/oumi/13/
昔は田圃へ行けばドジョウも沢山獲れたし、川ではナマズも獲れたという。御神饌となる “なれずし”は、ドジョウとナマズが交互に敷き詰められて醗酵している。蓼が入れられるため、色が黒っぽい。ナマズが入っていてもあくまで乾燥防止だというから、主はドジョウである。醗酵は8ヶ月に及ぶ、本なれずし である。 祭典後には境内に置かれたテーブル上に、ドジョウとナマズの熟れ寿司が参拝者にも提供されるが、あっという間に品切れ状態となる。


■ 雑魚ずし (菌神社、春祭) 栗東市中沢
   http://www.photoland-aris.com/myanmar/oumi/40/
なれずし に用の魚は、これまで ヒワラ、ハス、小アユなどが用いられたそうだが、私が参拝時には余呉湖で獲れたワカサギが用いられていた。
雑魚というだけで、何を用いるかはフレキシブルのようだ。ある意味、どんな小魚でも熟れ寿司で食べちゃうぞ的で、頼もしい。何の魚でも醗酵化技法で戴こうという、積極的な姿勢が垣間見えるのが雑魚寿司だ。醗酵は短期間の生熟れ寿司のため、米も魚も原型を留めていたが酸味が少々乗ってきていた。


(番外;三重県)

■ 鮎ずし(三重県伊勢市  宮本神社、新年祭)、
  平成26(2014)年1月の奉拝・撮影。

三重県伊勢市佐八における「なれずし」を番外的にUP。

宮本神社さんの御祭神は、天忍海人命という。 倭姫命が佐八を訪れた時、この土地の漁師が鮎を献じたところ、たいそう喜ばれたという。倭姫命の父である垂仁天皇からこの漁師は天忍海人命という名前を賜り、御祭神となったというのが土地の伝承である。実際、この土地を流れる宮川は鮎が豊富に獲れるため、神宮への献上は江戸時代の記録にも見られるようである。宮川の鮎を鮓にして毎年元旦に6個の桶に納めて皇大神宮に奉納、というものである。この佐八は海からの距離、川底に存在する小石の大きさや並びが産卵に適するなど、種々の条件から鮎が豊富である。それを現在でも「ごろびき」という名の方法の漁をされる漁師さんが10人くらいいらっしゃるという。そして自宅で現在も鮎のなれ鮓を漬けられる人が6人くらいいらっしゃるという。鮎は10月中旬くらいの、鮎が産卵に下ってくる時に獲り、その日の内に塩漬けする。約一ヵ月後、鮎のひれ、うろこ、目玉や腸に血の類を除去して、腹にみりんをふりかけた御飯を詰める。その鮎を桶に御飯と何層にも重層する状態で並べて重しをかける。約40日もすると出来上がるのだ。

鮎はオスだけを使う。鮒寿司が卵を持ったメスが好まれるのと違う。鮎のメスは身が柔らかいので、バラバラになってしまうからだという。

何尾か戴いて食したが、頭から柔らかく骨まで食べることができた。ただし醗酵期間が短いので、本熟れ鮨というまでにはなっておらず、鮎も原型を保っていた。このような土地柄固有の御神饌が存在することは、地域特異性として貴重なことであろう。


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