撮影場所&日;京都市の祇園甲部一帯、平成21(2009)年8月1日
撮影機材;Nikon D300+VR18-200mm
祇園甲部の芸舞妓さんが踊りのお師匠さんや、お茶屋さんに挨拶周りをする「八朔」の日の祇園の撮影に行ってきた。八朔は「八月朔日」の略であるが、元々は毎月に節目としてあった節句の一つで、「八朔節句」としてこれからの稲の実りを祈願(頼む)する儀礼日であった。それが京の風流で転化し、お師匠さんやお茶屋さんに「おたの申します」と挨拶周りする日になったのである。
今年の八朔は、まだ明けぬ梅雨の影響どころか強烈な雨に午前11時頃からみまわれることとなった。近隣の宇治市では突風被害、同じ京都府の福知山市では床上浸水被害が出る程の日であるから、祇園でも豪雨状態となった。少しの雨なら、蛇の目傘が風流かとも思ったが、大雨になると芸舞妓さんは歩かずにタクシーで移動されるから、撮影ともなるとままならない。それよりせっかくのダラリの帯や黒紋付が濡れるのは、誠に気の毒なことである。雨コートを着られ、オコボではなく草履姿になられる場合もあるが、この真夏に夏用雨コートとはいえ、無茶苦茶に暑いのではなかろうか。正装のお着物は総重量で20Kgにもなるというが、表情を変えずにいてらっしゃる芸舞妓さんは流石というべきか。
ところで芸舞妓さんは芸舞妓さんは、「おめでとうさんどす。 おおきに。 おたの申します。」と挨拶される。この短い挨拶に、二つの意味が含まれていると思う。「おおきに。おたのもうします。」は、そのままの解釈で良いだろう。 ただ、「おめでとうさんどす。」は!?花街的には風流な意味があるかもしれないが、民俗行事としては、花街的以外の解釈が出来ると思っている。それは蘇民将来の護符の存在がヒントとなろう。祇園甲部の置屋さんなどの軒下には、「蘇民将来」護符が多く拝見できる。祇園感神院(現 八坂神社)の氏子域である が、伊勢に多い同様の護符が祇園甲部でも!当たり前と云えば、祇園(牛頭天王)信仰の関連地であるからだ。備後が日本における牛頭天王信仰の発祥地である可能性が高いので、京の祇園が中心地とは書けないのだが。この八朔の挨拶まわりの前日は、祇園祭の最終日になる。この最終日、祇園社(八坂神社)の摂社である疫神社において、茅の輪潜りが行われる。茅の輪は周知のように、牛頭天王が蘇民将来に与えた災いを被らない護符である。であるから一ヶ月近く続く祇園祭で疫神、行疫神や悪霊を攘した後、茅の輪を潜って無病息災を手に入れる。それが祇園祭の究極の目的である。であればこそ、来る一年間の無病息災の保証を茅の輪で得て翌日の八朔の日を節を越えて迎えることができたればこそ、「おめでとさんどす。」という挨拶となるのであろう。撮影しながら、そのように思った。
余談になるが、平安時代の八朔の日、陰陽師は八朔札という御札を作って禁中などに献上したという。節目の日として、重だった日だったのだろう。
昨年、一昨年の八朔⇒http://www.photoland-aris.com/myanmar/near/n35/
■ 事始め
撮影場所&日;京都市の祇園一帯、平成21(2009)年12月13日
京都の芸舞妓さんの間では、12月13日にお正月準備を始める「事始め」として、舞のお師匠さんやお茶屋さんなどに挨拶回りをする行事が行われる。お師匠様の家には、あらかじめお弟子さんから届けられた鏡餅が雛壇に並び、その前で「おめでとうさんどす」と挨拶をし、お師匠様は「きばっておやりやす。」と励まし、舞扇をご祝儀に授ける。本(※)によると、雛壇には松茸(男性のシンボル)の形の鏡餅が乗っていることもあるという、、、これだけの意味なら、風流な芸事の世界ってことであろう、、、しかし、、、。「事始め」の“事”とは、何か? 能登にアエノコトという行事がある。その場合でも、“事”は、神事を指し示す。つまり、「神事の始まり」を意味するのが、「事始め」である。お正月は、いわゆる歳徳神をお迎えする行事であるが、その祖霊と同一の神格を迎える行事が、元々の祇園においても「事始め」であったのではないかと思うのである。上記した本のように、松茸形の鏡餅は、男性のシンボルを示すのか。男性のシンボルをもってして舞妓さんに贔屓な旦那さんが出来るようにという願いは、あくまで本質が風流化しただけであろう。やはりこの場合、松茸形鏡餅は、祖霊の正体とも云われる“蛇”であろう。鏡餅自体が既に蛇がトグロを巻いた形の造形化と目されるが、松茸形の鏡餅は蛇の頭部に他ならないであろう。蛇を祖霊と目する一種の山ノ神を祀る神事の始まりが、祇園の「事始め」として風流化したものと思う。舞のお師匠様から芸舞妓さんにご祝儀として渡される扇、その扇も元々は祖霊の蛇の造形化と云われる。お正月に蛇の形が本質であった扇が渡される、、、これは祖霊・歳徳神を招く予祝と考えて良いだろう。
(※)【未知の京都 舞妓と芸妓】相原恭子;弘文堂、P.144
上写真3枚;芸舞妓さんが揃って挨拶に向かう。
上写真左右;お師匠様から授かった舞扇を手に。「事始め」らしい情景だ。
■ 八朔(平成22年度) 八月一日