撮影場所&日;岐阜県高山市桜町、平成18(2006)年8月16日
撮影機材;Nikon D70s、NikkorVR18-200mm、SIGMA10-20mm
能楽に“三卑賤”と呼ばれる曲がある。【善知鳥】【阿漕】そして【鵜飼】である。いづれも鳥獣魚類を殺すことを生業とする猟師漁師が、死後地獄に落ち責め苦を受ける様を描いた曲である。例えば【善知鳥】では猟師が、生前に多くの鳥獣を殺した重い罪科で地獄に堕ちる。亡霊となった猟師が現れ、地獄で鬼と化した善知鳥に責められ、生前の殺生を悔い妻子が回向・弔いをすることで仏の功力によって助けて欲しいと訴える。しかし能では仏法による救済がテーマではなく、地獄で苛責に苦しむ業を舞で現すことに重きが置かれている。鳥獣を殺すことで営みとする、そしてそれによって日々の暮らしを支えられている我々の深層心理に潜むタブーに触れる危うい部分である。何にどのように苦しんでいるかが能のテーマであり、宗教による救済劇が能ではない。【善知鳥】と【鵜飼】のレビューは拙HPの『能楽日記』 をご拝読下さい。
能楽のような芸能ではなく現実世界において、人の生活のためとはいえ殺傷される鳥獣魚類への感謝と供養、それを忘れては祖霊の供養だけでは不十分でしょう。山の民は山の生き物や自然現象を山ノ神として、田の民は田ノ神を、海の民は来訪神を崇めるのも、人々の畏怖や敬愛が化現した姿でしょう。それら諸神に対して民俗信仰では様々な民間祭祀があるが、神社における具体的な祭祀では《放生会》がある。元々は霊の供養、地獄からの救済は仏事であったが、神仏習合の時代には神事として「放生会」は行なわれた。櫻山八幡宮における説明では、「魚類を放流したり雉などを野山に放ち、生きとし生きるものの平安と幸福を願われる八幡神の神恩に感謝し、国家の繁栄幸福を祈念する行事(※)」、ということになる。櫻山八幡宮さんでは、神仏分離で中断していた「放生会」が平成十四年に約100年ぶりに復活しました。最初に行なわれた放生会は、養老4(720)年に宇佐八幡宮であるとの記録があるそうです。
(※)櫻山八幡宮パンフレット
上写真4枚、【櫻山の舞】、櫻山八幡宮さんのオリジナル巫女神楽舞。平成14年に作曲された新曲である。物集高見(国学者)の詠んだ和歌に、竜笛、篳篥、笙の奏楽で歌われて舞う。四人の巫女さんが一列に並んだり交差したりと、美しい舞である。
上左写真、手筒花火の奉納。
上右写真、宮川に魚(鯉)を放生する。当日の受付で放生させて頂くことが出来る。