日本!(お神楽)
No.23 蛭ヶ谷の田遊び

撮影場所&日;静岡県牧之原市蛭ヶ谷、蛭児神社、平成19(2007)年2月11日
撮影機材;Nikon D70s+50mmF1.4D、 D80+SIGMA18-50mmF2.8
現地情報;祭りは18時半〜23時、食堂なし、駐車場は農協又は周辺

蛭ヶ谷の田遊びは17番の演目があり、最後は「蓬莱山(現在は行なわれていない。現行15番)」である。教育委員会発行のパンフレットでは、蛭ヶ谷を流れる萩間川が駿河湾に注ぐその沖にある愛鷹岩が蓬莱山であり、それをホタラク(補陀落)浄土に設定して、そこから神々を迎えて祭りが行なわれるとしている。蛭児神社の近隣には観音寺があり、男神山と女神山に挟まれた神の道たる萩間川の流れ込む沖合いにあるのが補陀落とは、まさに「那智参詣曼荼羅」の世界をこの地区に設定したという、壮大なスケールの発想があって面白い。そのホタラクからは、田の神が一年に一回の祭りの日に祝福に来臨するということなのだろう。蛭ヶ谷の田遊びには、お囃子も無い。ただ時々発せられる詞が独特に聞こえる。『田打ち』の時に、「さんばい」と何回も言われるが、飯が三杯かというと「さんばい」は田の神を意味するという(※1)。あるいは実際に飯が三杯も食えたらいいナ、という呪文でもあるのだろうが。蛭児神社の御祭神の一柱であられる蛭児は、イザナギ・イザナミの子であるが、生れると海に流されてしまう。中世になって戻ってきたという伝承が生まれ、福神の恵比須と習合する。しかし一説には、ヒルコは「日の子」であるとも云われ(※2)、そうであれば農耕に重要な太陽の神を祀っているとも田遊びに関連付けて考えられる。民衆はなかなかホタラク(補陀落浄土)へ行くことはできないが、一年に一回訪れてくれる田の神は早乙女と交接したという前提で、“ホタ小僧”という具象化した形で田遊びの場に登場する。“ホタ小僧”は新たに更新された穀霊なのである。このホタ小僧は最初の演目の『ホタ引き』で、祭りの場に神降ろしされる。そして全演目が終了すると、稲の霊が宿るといわれる桜の樹木に結ばれる。「那智参詣曼荼羅」が一般的にポピュラーになったのは、室町時代末期だという(※3)。この蛭ヶ谷周辺が曼荼羅になぞられたのも、その頃かもしれない。ここの田遊びが何時から始まったか、詳細には分かっていないようだが、面舞もお囃子も無い鎮魂の呪師芸を見ていると、結構古い呪術芸能を見ている気がしてきた。大変に素晴らしい田遊びであった。

≪参考文献≫
【蛭ヶ谷の田遊び】相良町教育委員会(作成当時)

※1;【日本の伝統芸能】本田安次、錦正社、P.74
※2;【すぐわかる日本の神々】鎌田東二監修;東京美術、P.83
※3;【仏教民俗学】山折哲雄;講談社学術文庫、P.158

上写真;ホタ引き:縄の輪の中央に田打ちの親方が立ち、ホタ小僧を結んだ縄を奉仕者がグルグルと引き回す。

上左写真;本刀振り、  上右写真;もどき(木刀)

上左右写真;長本刀振り

上写真;木長刀振り(もどき):途中で「カラス飛び」という所作が入る。

上左右写真;杵振り:杵は男性の象徴で、魔物を寄せ付けない呪力があるといわれる。パワーを注入するような腕の形だ。

上左右写真;田打ち:鍬を持って本殿前の階段で田打ちの予祝をする。そして昼飯、、。高盛飯が豊作を予祝する御馳走である。ちぎってカジメは、稲がくろむ(稔)に掛けた、色彩感染呪術だという。

上左写真;牛ほめ、 上右写真;麦搗き:麦搗きでは孕女が綾笠の神人と桶を臼に見立てて杵をつく。杵が男性なら、臼は女性の象徴でもある。

上左写真;麦洗い(魚つり)、 上右写真;ホタ小僧:全ての演目後に杉の束で作ったホタ小僧を桜の樹に結ぶ。神返しである。


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